2010年7月22日木曜日

ヨーロッパの光と影

BSの『欧州ライフ』だとか『欧州鉄道の旅』なんてのんきな番組を見ていると、
つくづく「ヨーロッパは豊かだなァ」と思ってしまう。しかし同時に、
「この豊かさは何世紀にもわたるアジアやアフリカの植民地支配から
もたらされたものなんだよなァ」とする苦い感慨もわき起こってくる。

かつてヨーロッパは荒涼とした貧しい土地だった。
オリエントとの交易でも、近東に届けることのできた商品は、
せいぜい羊毛、皮革、蜜蝋くらいで、他には何もなかった。
他方オリエントからは砂糖や胡椒など各種香辛料の他、
樟脳や大黄などの薬品、染料や生糸、珊瑚に宝石、
高価な陶磁器などが持ち込まれた。ヨーロッパは恒常的な入超だった。

しかし、『驕れる白人と闘うための日本近代史』(松原久子著)を読むと、
ヨーロッパ諸国の歴史書にはほとんど記されていないという意外な事実が
示されている。ヨーロッパはアジアへの輸出のために、何世紀にもわたって
〝特別な商品〟を用意していたというのだ。
その商品とはキリスト教徒の男奴隷と女奴隷だった

ヨーロッパではしばしば大掛かりな奴隷狩りが行われていた。
とりわけボルガ河沿いのロシア平原でスラブ人の男女が捕らえられ、
ジェノヴァの奴隷商人らの手によってレバノンを経由し、遠くダマスカスや
バグダッド、さらには北アフリカのサラセン人の町などへ売られていった。
しかしこうした恥辱にまみれた歴史は、公に語られることは少ない。

ちなみに英語のslave(奴隷)という言葉は、ギリシャ語のSlav(スラブ人)
が語源だ。スラブ系のロシア人やセルビア人にとっては、過去に奴隷として
売買されたという自民族の忌まわしい歴史を惹起させる言葉で、
まことに不愉快千万に違いない。

のちに輝かしい大航海時代を迎え、ヨーロッパの反撃が始まるが、
ロマンあふれる探検旅行の実態は、優れた文化の普及や異教徒の魂の救済
余計なお世話なんだよね)どころか、侵略と虐殺、掠奪の血塗られたものだった。

あの伊人コロンブスのアメリカ大陸発見(先住民からすれば、
別に〝発見〟されたくはねえや、ということになるのだろうが……)
でさえ略奪が目的の旅で、スペインに富と資源をもたらせば、
コロンブスはそのお宝の10分の1がもらえるというせこい契約だった
コロンブスは掠奪遠征隊の親玉だったのである。

欧米人の多くは、自分たちの歴史こそが世界史だと思っている(フシがある)。
そしてあらゆる民族は、欧米文化の恩恵に浴することで後進性から救われたのだ、
と思い込んでいる(フシがある)。「未開人たちの蒙(もう)を啓(ひら)いてあげたのは
文明人の私たちなのよ。少しは感謝したらどうなのよ、エーッ?」ってか? 

欧州は歴史の表舞台に10周遅れで参加し、たかだか近代に華々しくデビュー
してきただけなのに、人類史のすべてにわたって主役を演じてきたかのような
顔をして澄ましている。厚顔無恥もいいところだ。

英語に堪能な友人Nは、英語は「怒りの言語」だと言う。英語でしゃべっているときは、
なぜか権利の主張に全精力を注ぐという非常に攻撃的な思考回路が働く、
というのである。そうした心的状況におかれた自分は、ほんとうの自分でないような
気がしてイヤなんだ、と彼は言うが、その攻撃的な言語は、まぎれもなく
ヨーロッパの食うか食われるかという酷烈な風土・歴史が育んだものなのである。

ソファにごろりと横になり、のんびりしたヨーロッパの紀行番組を見ながら、
欧州の豊かさに敬意を表しつつも、いくぶん興ざめで理不尽な彼らの歴史も
同時にふり返ってみた。やれやれ……。





追記
《アメリカ大陸の「発見」という言葉それ自体が、ヨーロッパ人の自己中心的な世界観に基づいている
わけで、アメリカ大陸には2万年も前からモンゴロイド系の人々がユーラシア大陸から移り住んでいたと
いう事実を、偏見なしに受けとめれば、「コロンブスはヨーロッパ人として初めて足を踏み入れた」などの
表現に変えるべきでしょう》とは鈴木孝夫著『日本の感性が世界を変える』から引用。

2 件のコメント:

Nick's Bar さんのコメント...

こんにちは。

7月28日付けの読売新聞の編集手帳に、似たような逸話が載っていましたね。

世の東西を問わず、母国語以外の言語を使用するということは、脳内思考が捻じ曲がるということなんでしょうか?

ROU.SHIMANAKA さんのコメント...

NICK様
英国のチャーチル元首相はフランス語も話せたが、国際会議では英語で通したという。その理由を読売新聞『編集手帳』から引用すると、《フランス語で話し始めると、とたんに脳が偽フランス人のようになり、相手の政治文化や価値観につい自分を合わせてしまうから》ということらしい。
また編集子曰わく、英語は「効用語」であり「高揚語」なのだと。NICKさんも仕事中は戦闘モードで、思いきり高揚しながら、偽アメリカ人になったり偽オーストラリア人になってるわけですね。「深く疲れき」という気持ちがよ~く分かるような気がします。