2012年1月8日日曜日

肉体を労する国

カー用品を販売するイエローハットの創業者・鍵山秀三郎は
〝便所掃除をする社長〟として知られている。
鍵山は誰よりも早く出社し、トイレ掃除をする。
社長自ら率先垂範。会社は活気づき、業績が上がっていったという。

日本では〝美談〟とされるこうした逸話を韓国人に話すと、彼らは首をかしげる。
韓国には儒教の教えが色濃く残っていて、心を労するものが上等で、
肉体を労するものは下等、とする人間観が根強くある。
人間としてはホワイトカラーのほうがブルーカラーより上等、とする見方だ。

数年前、韓国は全羅北道の全州(チョンジュ)という古都でピビンパプの
取材をしたことがある。全州は食い倒れの町として知られ、ピビンパプ
発祥の地でもある。また両班(ヤンバン)の居ついたところで、歌舞音曲の
盛んな風流の地としても名高い。

その全州で各種の有名レストランを取材したところ、経営者が
口々に言うには「ある程度稼いだら店の権利を売り飛ばしたい」
というものだった。飲食店を成功させても、子や孫に後を継がせるのではなく、
儲けた金で子供たちを大学に入れ、官僚やホワイトカラーにしたいというのだ。

韓国にはいわゆる老舗というものがない。何代も続いた食べ物屋とか料亭がないのだ。
料理をするのは卑しい、という意識があるため、みな一代で辞めてしまうからだ。
日本人は職人を大事にし尊敬もするが、韓国人は違う。
彼の国にはいまだに工業差別や商人差別が残っている。

日本では企業の新人研修で時に便所掃除をさせることがあるが、
韓国では大学出のエリートが作業服を着て、便所掃除をすることは考えられない。
ましてや一部上場企業の社長が率先してトイレ掃除をするなんてことは
金輪際ありえない。

ボクはアルチザン(職人)が好きで、多くの職人たちを取材してきた。
料理人然り、コーヒー焙煎士然り、芸人然り……。
拙著『コーヒーの鬼がゆく』の標交紀はコーヒー焙煎のスター的存在だった。

余談だが、コーヒーの鬼、仕事の鬼、野球の鬼……と日本には愛すべき「鬼」が
いっぱいいる。ひとつことに全身全霊を傾ける人間がこの「鬼」のたぐいで、
「鬼」は真正の職人の謂いでもある。しかしこの「鬼」も、中国語では「幽霊」の意となり、
拙著は『コーヒーの〝幽霊〟がゆく』で、イメージがぐっと悪くなる。

さて、またまた憎まれ口をたたいてしまおう。
韓国の近代化は日本による植民地化がなければ実現できなかった、
というと韓国人はみな怒るに決まっている。が、儒教国家が自力で近代化した例はない。
儒教に骨がらみで染まってしまった国と、儒教ではなく儒学に染まっただけの国
その差が近代化における国力の「差」となったことは疑うべくもない。


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