2012年8月6日月曜日

下痢ピーと不動心

本番での不動心――勝敗の分かれ目はいつだってこの一点にかかっている。
3連覇を期待された水泳の北島康介も、ラスト25メートルでライバルたちの猛ダッシュに
あおられ、いつもどおりの大きな泳ぎができなかった。また柔道重量級の猛者たちも、
格下選手にあっさり押さえこまれるという失態を演じた。メダルへの重圧から精神が
押しつぶされ、いつもどおりの自在な四肢の動きが封じられてしまったのである。

周防正行監督の『シコふんじゃった』はボクの好きな映画の一つだが、
このなかに竹中直人演じる大学8年生のダメ男が出てくる。この男は廃部寸前の
相撲部に唯一残っていた古参部員なのだが、いかんせん弱い。緊張すると必ず
下痢ピーになってトイレに駆けこむというダメぶりで、公式戦では1度も勝ったことがない。
しかしわが家の娘たちはこの下痢ピー男が大好きで、わざわざ「うんち男」などという
尊称を奉っていた。


←竹中演じる〝うんち男〟はサイコー!








恥ずかしながら不肖わたくしめも、この「うんち男」の同類だった。
生来腸が弱く軟便で、日に10回以上トイレに行くことがある。
宿便の女房は「あなたの人生の三分の一はトイレの中ね」と半分ねたましげに
バカにするが、たしかにボクと便所は人もうらやむ(誰が羨むかよ!)〝くさい仲〟
なのかもしれない。だから竹中の〝うんち男〟にはつい共感してしまうのである。

昔の兵法書を読むと、その要諦は「平常心をいかに保つか」ということに尽きている。
柳生宗矩などは「相手を心にとめないこと」と説いている。相手を意識せず、
心のおもむくままに自在に身体(剣)を動かす。

西郷隆盛をして「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬという人は始末に困る」
と言わしめた山岡鉄舟は無想剣を編み出した剣客としても知られるが、その極意は、
「相手と対しても気配を発することなく対峙し、自然の一部と化すこと」としている。

剣の勝負は間合いと気合いの差によって決す、とよくいわれる。
切っ先三寸の間合いをいかに見切るかで生死が決まってしまう。
メダルが取れるか取れないかの段ではない。生きるか死ぬかの問題なのだ。

生き抜くためには自然体であり続けること。
いかなる場面においても平常心を失わないこと。
不動の心とは心を空にして自然体で動くことだ。
気負えば負ける。斬り合いの場なら、負けは死を意味する。

メダルを取れなかったからと身も世もなく号泣する選手がいる。気持ちはわかる。
が、北朝鮮みたいに帰国したら炭坑で重労働させられる、というわけでもないし、
銃殺刑に処せられるわけでもない。また負けたからと空港内でトマトや卵を
ぶつけられることもない。←ルーピー鳩山が帰国したら豆鉄砲とトマト、卵を喰らわせてやろう!
逆に「感動をありがとう」などと慰め励まされる。
そもそも北朝鮮の選手とは闘いに向かう〝必死度〟が違うのだ。

日本人選手は精神面が弱く緊張しやすい、といわれるがほんとにそうか。
ボクの目にはじゅうぶんタフで強そうに見えるし、上出来とさえ思っている。
だいいち、緊張して本番にトイレに駆けこむような人間のほうが親しみがわく。

下痢ピーの何が悪い。いざとなったら紙オムツを着けて闘ってもいいではないか。
明治期の列車のように大便を垂れ流しながら走ったっていい。
「ただいま、係員が試合場に垂れ流されたウンコを拭きとっております」
陸上競技場や柔道会場にこんな爽やかな(どこが爽やかなんだよ!)アナウンスが流れたら、
どんなに微笑ましいことか。←一生笑い者にされるけどね

今夜はなでしこジャパンの対フランス戦準決勝。
枝豆食べながら酒まみれになって応援するぞォ! 
フランスなんかぶっ潰せ(フランスのAlexiaよ、赦せ)! イェーイ!







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