2013年7月14日日曜日

旅をするバカしないバカ

わが家の女3匹は旅行好きだ。ヒマさえあれば、ふらりと出かけてしまう。
先だって、長女は例によってバックパックを背にエジプトへ行き、
次いでスペインはバルセロナに渡った。その2日後、エジプトで
クーデターが起き、大統領が追放された。危機一髪の脱出だった。

その長女はいま、女房といっしょに四国へ渡り、道後温泉の湯につかっている。
旅先にどんな名所旧跡があり、どんな人との出会いがあり、どんな物を食べたのか。
ふつうなら喜び勇んで旅のよもやま話を報告するのだろうが、わが家にはそれがない。
留守番役のボクが、旅行話にも土産にも、まるで関心を示さないからである。

女3匹は国内だけでなく、世界中を旅している。
国の数なら長女が一番で、アメリカ大陸以外ならほとんど踏破している。
写真もいっぱい撮っている。ところが先日、その貴重な写真がパソコン上から
消えてしまった。ボクが誤って「ゴミ箱」にポイしてしまったからだ。

この時はさすがに焦った。どういじくりまわしてもデータが戻ってこない。
しかたなくデータを復元させる専門の会社に片っ端から電話してみた。
「100%復元させるのはムリですね。よくて85%くらいでしょうか」
電話口に出た男はしょっぱなにこう言った。
「料金はおいくらくらい掛かりましょうか?」
「ものにもよりますが、個人の場合、最低5万円くらいでしょうか」

5万円? そんな金あるわけないだろ。
でも、なんとか復元しなけりゃ長女から半殺しにされてしまう。
(ああ、どーしよう)

ボクは大泉学園のヤマダ電機へすっ飛んでいった。
「パソコンのデータを復元するソフトがあると聞いたんだけど……」
「何を復元させるんですか?」
「写真10年分のデータです」
「パソコンの電源は切ってありますか?」
「いや、切ってないけど、それが?」
「切らないと、どんどん上書きされてしまいますよ」
そりゃ大変だ! 

1万円で復元ソフトを買ったボクは、店員におどかされ急いで帰宅。
マニュアルを読むのももどかしく、復元ソフトを挿入した。
格闘すること数時間。機械オンチだなんて言ってられないので、
汗だくでがんばった。その甲斐があったか、消えたデータが少しずつ戻ってきた。

「2割方消えちゃったね……」
長女は復元された写真をチェックしながらボソリと呟いた。
「ゴメンよ……ほんとうにゴメン」
面目なさにボクは、塩をまぶされたナメクジみたいに縮こまっていた。

旅行すると、人はなぜ写真を撮りたがるのだろう。
世の中、記録がすべてで、運動会に結婚式、女子会に海外旅行と、
手当たり次第に記録する。目で見、耳で聞き、忘れるものはいっそ忘れればいいのに、
忘れたらこの世の一大事とばかりにカメラやビデオにすがりつく。
カメラを持たない〝肉眼派〟のボクには到底理解できない世界である。

旅行はきらいではない。若い頃はずいぶん旅行したし、
雑誌の仕事でも全国各地をくまなく歩いた。海外にも行った。
でも、今は……ロバが旅をしてもウマになって帰ってくるわけではない、
とする西諺を信じ、もっぱら本の世界、イマジネーションの世界に旅をしている。

ボクは今、時代小説を読みながら江戸の街を逍遙している。
猪牙舟(ちょきぶね)に揺られ、お壕端の桜を見ながら涼風に吹かれている。
デジカメでは撮れない世界だが、ボクの旅心は十分満足している。
データは心の中。復元ソフトはもちろん要らない。




←猪牙舟にゆられながら……
 

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