2013年9月21日土曜日

恥ずかしき〝缶ピー時代〟

煙草は18歳から吸って48歳でやめた。ちょうど30年吸い続けたことになる。
煙草を喫んでてしみじみうまいなあ、と思ったことは幾度もあるが(仕事のあとの一服とか)、
あとは惰性でプカプカやっていただけで、ほんとうのところうまかった
のかどうかは分からない。

若い頃は粋がって、くわえ煙草で歩いたり、プカプカふかしながら
バイクに跨っていたこともある。街中には同じように粋がって歩いているお兄ちゃんが
いっぱいいるから、たぶん動物の発情期にはよく見られる現象なのだろう。
侘び寂びたおじさんの目から見ると、まるでサマになっておらず、甚だカッコ悪い。
悔しかったローレン・バコールみたいにカッコよく吸ってみろ、
と心の中で嘲笑っている。とはいっても、30~40年前の自分がまさにこの
お兄ちゃんだったのだから、冷汗三斗(れいかんさんと)の思いとはこのことだ。

雑誌記者をやっていた頃は、植木等ではないが〝日本一の驕慢&自己陶酔男〟だった。
取材先に行くと、やおら鞄から「缶ピー」を取り出してテーブルの上にドンと置く。
そして両切りのピースに火を点け、お客さんを前にさもうまそうに一服するのである。
この恫喝的パフォーマンスに、まず相手はカチンとくる。
(この若僧が……)
と敵意をむき出しにする。

実際、新人だった頃、取材先の著名な会社社長から、
君ねえ、評判わるいよ……生意気だって、みんな言ってるもの」
開口一番、強烈なパンチを喰らってしまった。
(へーえ、俺ってそんなに生意気なのか)
面と向かって言われたのは初めてだから、さすがにショックだった。
以後、態度を改め、缶ピースはやめてショートホープに変えた。←そーゆー問題かよ!

煙草だけではない、パイプもやっていた。
20代でパイプなんぞをくわえていると、まずロクなことはない。
「嘴(くちばし)の黄色い野郎が偉っらそうに……」
周囲から総スカンを食らってしまう。
あざけり笑うような視線もチクチク感じた。
しかしボクはめげなかった。

くわえ煙草といいパイプといい、20代のボクは何をそんなに粋がっていたのだろう。
いや、煙草だけではない。ウイスキーなんかもこれ見よがしにラッパ飲みしてた。
飲み屋に行けば見知らぬ客にインネンをつけ、「表へ出ろッ!」と吼えまくった
勢いよく出たはいいが、逆にボコボコにされるのが常だった。
威勢だけはいいが、からっきしケンカに弱いのである。

あの頃の自分を思い出すと、顔から火が出そうになる。
恥ずかしい。ひたすら恥ずかしい。他人様に多大な迷惑もかけた。
しかし当時の心境がどうだったのか、まるで思い出せない。
ただ粋がって自分の存在を主張したかっただけなのか。
愚かといえば、これほど愚かなことはないが、これも発情期特有の
生理現象です、と説明されれば、納得するしかない。

しかし思い出せることが1つだけある。当時読んでいた小林秀雄全集のなかの
『年齢』という小文で、その中にあるこんな一節だ。
私は、若い頃から経験を鼻にかけた大人の生態というものに鼻持ちがならず、
老人の頑固や偏屈に、経験病の末期症状を見、これに比べれば、
青年の向こう見ずの方が、むしろ狂気から遠い、そういう考えを、
持ってきたがためである……》
案の定、この箇所には赤線が引っぱってある。
「青年の向こう見ずの方が、むしろ狂気から遠い」という一節を、
免罪符代わりに使おうと、たぶん虫のいいことを考えていたに違いない。←正解!

ああ、思えば〝缶ピー時代〟が懐かしい。
あの頃は、狂犬みたいに、あたりかまわず吼えまくり咬みついていた。
「狂気から遠い」とは、とうてい思えないくらい狂っていた。
いや、いまも同じ。歯抜けジジイになっちまったが、老いた狂犬には違いない。
腐れ左翼のバカ野郎どもを見ると、欠けた歯をむいて遮二無二突っかかってゆく。
今も昔も、わたしは大バカ野郎のコンコンチキでございます。
あな、かしこ。





←ボクの最初の師匠がこの人。
大学時代はこの人の全集ばかり
読みふけっていた。
汲めども尽きぬ知識の宝庫だった。
あの節はずいぶんお世話になりました。
合掌。


 

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