2015年4月19日日曜日

ボーッとできない男

血圧がなかなか下がらないのは、あんたの性格にも原因があるんじゃないか、
と医者の友人に言われた。見てるといつも頭と身体をめいっぱい動かしていて、
いわゆる「ボーッとしてる時間」がなさそうだ。〝常在戦場〟もいいけれど、
たまには桃源郷に遊ぶみたいに、心も身体も意識の外に解き放ったほうが
いいんじゃないの? 友人はそう曰うのである。

「常在戦場」はいかにも大げさだが、トイレに入るにも本を持っていき、
湯船につかっていても片時も本を放さない。子供の頃からの習慣で、
何もしない時間はもったいない、と必ず〝建設的なこと〟を自分に課してきた。
このことを自分ではごく当たり前に思っているのだが、友人に言わせると
「ほとんどビョーキ」なのだそうだ。

心身がいつも戦闘モードになっていると、アドレナリンというホルモンが出て
脳の交感神経を刺激するという。すると呼吸も荒くなり、血圧も上がる。
緊張状態というのは戦うために必要なエネルギーを集中させる反応で、
「常在戦場」だと、絶えず緊張が強いられ血圧が上がりっぱなしになってしまう。
これではとてもじゃないけど長生きできませんよ、と友人はこう言うのである。

女房の見立てはまるで違う。彼女曰わく、ボクは朝から晩までボーッとしていて、
血圧は塩っ気と〝おちゃけ〟の摂りすぎ、とまるで容赦がない。

どっちの言うことも、なるほどもっともである。
そこで、日がな一日ボーッとして過ごそうと、ひとり動物園に行くことにした。
行った先は上野動物園だ。おそらく40年ぶりだと思うのだが、サル山でも眺めながら
難しいことなど考えず、ただボーッとすることにつとめることにした。

友人に言わせると、これが一番いけないのだそうだ。
ただボーッとすればいいものを、必死になってボーッとなろうとしてしまう。
これじゃあ副交感神経ではなく、またまた交感神経が刺激されてしまう、と。
身体に染みついた習慣とは恐ろしいものだ。頭を空っぽにして、ただボーッと
しているという至極簡単なことができないとは……

江戸期の歌人で国学者の橘曙覧(たちばなのあけみ)はこんな歌を作っている。
  
   たのしみは 心をおかぬ 友どちと原文ママ 笑ひかたりて 腹をよるとき

気の合った友達とおしゃべりをしながら、腹がよじれるほど笑う。
そういうひとときが何よりの楽しみなんだ、という歌である。

ボクが飲んべえ仲間と酒を酌み交わしながら倦かずにやっているのは
まさにこのことで、いつだって腹がよじれるくらい笑っている。
まさかそんな時は、アドレナリンが出ているわけではあるまい。
ボクの場合、緊張状態が解かれるのは、酒を飲んでいる時くらいしかないので、
健康のため、ボクはしかたなく酒を飲んでいるのである。
ほんとうはつらいのだ(バカ)

動物園へ行ったはいいが、やけに混んでいる。土曜日(18日)というのも
あって親子連れであふれかえっている。それと外国人の多さにも驚いた。
白いのも黒いのも黄色いのもいて、「ここは異国じゃないのか?」
と錯覚するほどだった。

その人の波に圧倒されたか、動物たちはひたすらサボタージュを決め込み、
なかには死んだふりをするものもいた。サル山のサルたちも毛づくろいばかりに
熱中し、おどけたしぐさを見せてくれない。ゴリラ君は頭からすっぽり毛布をかぶり、
これ見よがしに人目と喧騒を避けている。

結局、ボーッとする時間が取れず、動物園を出てアメ横を歩いた。
ここでも殺人的な人波に揉まれ、支那人観光客の甲高い声だけが
横丁に響いていた。たぶん血圧はうなぎ登りだっただろう。




←「おいらも血圧が高いんだ。あんまりジロジロ
見ないでくれよ」と赤ゲット姿のゴリラ君。

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