2015年7月26日日曜日

「蛮爺's」の熱闘45min.

「蛮爺's」がついにメジャー()デビューした。
ボクと盟友NICK(こっちが〝蛮〟でちゅ)との〝じっちゃんコンビ〟である。
NICKは自慢のハモンドオルガンを、ボクはエレアコ(エレクトリック・アコースティックギター
を弾きながらのヴォーカル担当である。

会場は熱気でムンムン、というより殺人的な暑さでステージ上に蜃気楼が
立つほどだった。ボクは熱中症にかかる寸前の状態で歌い続け、全9曲を
ぶじ歌い終えた。軽い吐き気もあって、終わった後は腰がふらついた。
たぶんステージ上の温度は40℃近くあったのではないか。ボクは暑さで頭が
クラクラしながらも、必死で歌った。あれはまさしく拷問だった。老人虐待だった。

NICKも相当へばっていた。なにしろ400㌔近いオルガンを家から搬出し、
ステージに上げるだけで大半のエネルギーを使い果たしてしまう。
幸いハネムーンから帰ったばかりの娘婿(元アメフト選手)と、来月からわが
家の居候となるチェコ人(190センチ)の留学生が応援に来てくれたので、
彼らの手を借り(1人は猫の手だったけど……w)、なんとか舞台に運び上げた。
みんな汗だくで、ほとんど放心状態だった。

そんな最悪の状態で45分間、歌い、かつ弾き続けたのだから、倒れなかったのが
不思議なくらいだ。ボクは歌いながらも、半ばやけっぱちになり、楽譜をステージ上に
ぶちまけたり、ギターケーブルを蹴っ飛ばしたりした(←性格が粗暴でわがままなんです、ハイ)。
半死半生・気息奄々の状態だから、自分でも何をやっているのかわからないのだ。
観客には大変失礼をしてしまった。

歌は「カントリーロード」に始まって、「いい日 旅立ち」「時代」「卒業写真」「イマジン」
と続き、「涙そうそう」「駅」(音程が狂いっぱなしでサイテーの出来だった)「メロディー」とつなげて、
最後は「心の旅」で幕にした。自己採点は、80点くらいか。あの暑ささえなければ、
曲の合間に気の利いたおしゃべりだって入れられたのに、熱中症寸前の状態では
そんな余裕などない。とにかく早く終わらせなけりゃ、とそればかり考えていた。

ぶじ終わった後のビールのうまさと言ったらない。
NICKと互いの健闘をたたえ合い、別れた後、わが家は近くの中華料理屋へ
会食に出かけた。ボクたち夫婦と、長女、次女夫婦、フランス人のAlexia嬢、
チェコ人Tomas君の総勢7名である。

そしたら、ほどなくしてNICKと奥方のK子、それと友人らしき人が来店した。
妙な胸騒ぎはしていたのだが、とうとう鉢合わせをしてしまった。
ボクとNICKはよくこの店を利用する。和光市にレストラン・居酒屋は数々あれど、
味のよい店といったらこの店しかない(悲しい町)。考えることはだいたい同じなのである。
生ビールを飲み、紹興酒を飲み、数々の料理を平らげ、いっぱいしゃべり、
いっぱい笑い、熱い夏の1日が終わった。

※追記
動画は『涙そうそう』の一部です。後半ちょっと歌詞をまちがえます。
度の入ってないグラサンをかけ、若者ぶってカッコつけてるから肝心の
歌詞が読めないのです。そのグラサンも汗のせいでどんどん垂れ下がってきます。

※追記の追記
本日(27日)、全曲を網羅したDVDを棟の先輩のHさんからいただいた。
さっそく見てみたが、そのひどいこと。自己採点が80点なんてとんでもない、
どうひいき目にみたって45点ってとこか。ああ、自信なくした……
歌手への道は断念するしかないか(←バカ)。

video































2015年7月22日水曜日

「蛮爺's」のお通りだい!

◆7月某日(晴れ
NICKの家で歌の練習。3畳ほどの狭い部屋にハモンドオルガンや電子ピアノ、
シンセサイザー、アンプ、各種ケーブル類が所狭しと詰めこまれている。
掃除なんて気の利いたものは、この十数年、行われた形跡がない。そんな物置みたいな
部屋で年老いたファットボーイが肩寄せ合い、オルガンとギターをかき鳴らしては
蛮声を張りあげているのだから、家人も隣人ももちろん逃げ出したくなるだろう。
現に、NICKの奥方は「テニスの練習があるから……」などと言い訳しつつ、そそくさと
出ていってしまった。身内のものに煙たがられている歌を、縁もゆかりも無い聴衆が、
はたして聴いてくれるだろうか。にわかに不安になってきた……

◆7月某日(晴れ
テレビニュースで、安倍内閣の支持率が低下している、とどの局も喜び勇んで
報道している。日本のメディアは総じて〝左巻き〟が多いので、アベちゃんが
沈没しそうになると嬉しくてたまらないようだ。ボクはそんな報道を目にするたびに、
メディアに対して「バ~カ!」と軽侮の念を抱き、舌を出す。
(なんにもわかっちゃいねーな)
支持率が低下している理由は「安保法制」と「新国立競技場建設」の問題である。
ハッキリ言って、国防問題はそこらへんにおるおっちゃん・おばちゃんには分からない。
若者にもわからない。つまり誰にも分からない。国際政治学や歴史、軍事、地政学
など幅広い知識がないと理解できない分野なのだ。

ボクはもちろん安倍内閣支持で、「戦争法案」だとか「徴兵制になる」などとデマを
飛ばしている無責任な野党に腹が立ってしようがないのだが、ここはアベちゃん
と同じ、じっと我慢の子である。それにしても「60年安保」「70年安保」騒動の
愚劣さから何も学んでいないのだから、人間というのは愚かな生き物なんだな、
とつくづく思う。安倍内閣の支持率低下を支那や北朝鮮、韓国がどれほど喜んでいる
ことか。国益を損なう野党各党は、まさに獅子身中の虫という外ない。

◆7月某日(また晴れ
毎年楽しみにしている「ムジカ・ドマーニ」のコンサートに行ってきた。
水泳仲間のSさんを中心に結成されたコーラスグループで、クラシックやオペラ
にとどまらず、ポップスに童謡と幅広いレパートリーをこなす熟年グループである。
今回は「ジョイ・アンジェリ」という小学生中心の音楽サークルも加わり、賑やかで
楽しいコンサートに仕上がっていた。

「ジョイ・アンジェリ」は映画『サウンド・オブ・ミュージック』の中で歌われた「ドレミの歌」
や「私のお気に入り、」「エーデルワイス」などを元気よく歌ってくれた。エーデルワイス
などはすべて英語で歌いこなし、観客の万雷の拍手を浴びていた。ボクもこの映画は
大好きで、テレビで再放送されるたびに見てきた。英語の脚本も買い込んだ。
劇中のマリアやトラップ大佐になったつもりで歌うのである。個人的には人形劇の場面
で歌われる「ひとりぼっちの羊飼い」が好き。ヨーデルみたいに、
♪レイホー、レイホー、レイホー
とやるんだが、なかなかうまくいかない。

会場には「フィフティーズ」のO女史がいた。ムジカ・ドマーニとのジョイント公演が
多い女性コーラスグループのひとりで、ボクの憧れの人。歌はもちろんのこと、
彼女にはどこか華があって、会場をほんわかした温かいムードで包んでくれる。
このO女史、今回は出演者ではなく観客席で応援。和光市を引き払い群馬県に
引っ越してしまったので、たぶんリハーサルの日程調整がつかなかったのだろう。
でも、ご挨拶はしたし、「恋文?」も手渡した。彼女からは素敵なCDをもらってしまった。
聴くのがもったいないから、まだ机の奥にしまってある。数年後には熟成し、発酵して
えもいわれぬ歌声を響かせてくれるだろう。その日が待ち遠しい。←バカ

◆7月某日(またまた晴れ
来る25日(土)の夏祭りには、「蛮爺's」としてステージに立つ。7年ぶりのパフォーマンス
である。相棒はお抱え楽士のNICK。文字どおりのファットボーイ(デブ男)だが、
「オルガンで腹は隠せるもんねェ……」
などとうそぶいている。学生時代の写真を見ると細面で秀才っぽいいい男だったのに、
今は見る影もない。奥方は「詐欺よね、まるで」などと、ボヤくことしきりだ。

その日は、ハネムーン中の娘夫婦も、時差ボケもものかは、駆けつけてくれる。
フランスからはA子ちゃん、チェコからはT君、近所に住むオーストラリア人のD君、
それに団地住人でアメリカ人のMさんも応援に来てくれる。もちろん団地妻でボクの
グルーピーでもあるおばさんやおばあさんたちもぎょうさん見に来てくれる。
台風12号の心配はもうなくなった。熱いステージになりそうである。

出し物の中には玉置浩二の「メロディー」や竹内まりやの「」なんていう難曲もある。
無謀すぎる、という声もないことはないが、何ごともチャレンジ(「東芝」精神かしら?)だから、
精一杯がんばってみるつもり。やったら、「ジジイ! ひっこめェ~!」とブーイングの
嵐になったりして(笑)。その時はその時で、白ぱっくれて歌うだけ。
ボクは逆境に強いのだ。ザマミロ。



←ステージではキッズたちのダンス・パフォーマンス
もある。「蛮爺's」はこの子たちの前座です。
ああ、情けなや……



2015年7月16日木曜日

ジヴァ恋しや

◆7月某日(雨)
団地の放送委員Tさんに、「ラジオ・シーアイ放送」(団地専用のプチラジオ局)に出演願え
ませんか、といわれ、もちろん快諾した。以前、「コーヒーについて語ってください」
と頼まれ、1時間ほどインタビューされたことがあるが、今度のテーマは、
『シーアイ(団地名です)でお友だちを作る』というもの。なんだか尻がこそばゆくなるような
テーマだが、「団地内に友だちの多い嶋中さんに、ぜひその秘訣をうかがいたい」
と辞を低くして頼まれれば、受けないわけにはいかない。

友だちが多いと、Tさんは見立てたわけだが、残念ながら間違っている。
「友だち」ではなく「知り合い」が多いのだ。英語でもfriendとacquaintanceと分けられ、
親密度がまるで違う。ボクの場合の友だちは、男はほとんど飲み友だちで、
あとはちょっとくたびれた〝団地妻〟の知り合いがいるだけ。
長らく「主夫」をやり、大根やネギをぶら下げたまま気さくに〝人妻たち〟と
立ち話に興じていたりすると、自然と淫靡な関係が築けるものなのである。

ただしおじさんたちは別。おじさんたちはたとえ隠居の身でも変なプライドがあって、
ひとに紹介されない限り口を利かない、というような依怙地な態度を貫いている。
自分から気さくに声をかけるなんてことは金輪際しないのだ。いつもしかつめらしい
仏頂面をして歩いているから、こっちも無視して、もっぱらおばさんたちだけに声を
かけている。おじさんという種族は社会性がないから扱いがとても難しい。

で、ボクはTさんに、「テーマは〝幸せはおじさんがおばさん化する時〟はどうでしょう」
と提案したのだが、それでは分かりにくいと思ったのか、ごくふつうのタイトルに
変えられてしまった。かつては友だちが1人もおらず、そのことを自慢のタネにして
いたひねくれ男が、「友だち作りのコツは?」と訊かれるのだから、
世の中、どうなっちゃっているんでしょうかね。

◆7月某日(また雨)
わが家はCS放送のFOXと契約している。アメリカの人気ドラマシリーズを常時放映
しているのだが、ボクのお気に入りは『NCIS ネイビー犯罪捜査班』という人気
シリーズ。現在12シーズン目に入っていて、全米で最も人気のあるテレビドラマシリーズ
だという。1話完結だから、どこからでも見られるところがいいのと、脚本と演出が一流
だからどの作品も平均点以上で、まったく飽きさせることがない。

マーク・ハーモン演じるギブス捜査官を中心に、個性派の部下が脇を固めているのだが、
とりわけ腕っこきの女性捜査官・ジヴァZivaがいい。イスラエルの諜報機関・モサド出身
という設定で、暗殺や尋問、スパイ活動のスペシャリスト。美人というだけでなく、
表情が実にキュートで、同僚のトニーやマクギーなどとの掛け合いが絶妙だ。

ボクはひと目で惚れてしまい、それこそ二の腕に〝ジヴァ命〟と墨を入れたいほど。
役を演じるのはチリ生まれのコート・デ・パブロ。10歳でアメリカに渡り、カーネギー
メロン大学を卒業してこの道に入ったという。ジヴァの熱狂的なファンは世界中に
いるらしく、シーズン11で降板した時は、「ジヴァのいないNCISなんて考えられない!」
などと、ジヴァ復帰を願うメールが60000通もあったという。ボクもまったく同感で、
ジヴァがいないと興味も半減、「シーズン12」はたまにしか見ていない。
ああ、麗しのジヴァ! 世の男どもの心を溶かしてしまうその魅力はどこにあるのだ。

◆7月某日(またまた雨)
沖縄は普天間基地を辺野古に移転する問題で、相変わらずもめている。
そもそも問題の本質を国民が知らされていないから、こんなふうにグズグズと
もめ続ける。そのオフレコになっている事実とは何か。沖縄は相変わらず米国の
占領地だ、ということだ。冗談でも何でもない。沖縄は戦後もずっとアメリカの占領地で、
日本の領土ではないのである。

小笠原諸島は日本に返還された。しかし沖縄は違う。沖縄の場合は、
「施政権administration」の返還であって「領有権sovereignty」が返還されたわけではない。
施政権とは司法・立法・行政の三権を行使できる権利の意で、それ以上でも以下でもない。
だから時の首相・佐藤栄作は苦しまぎれに「核抜き・本土並み」と言いつくろったのである。
沖縄返還が「真っ赤なウソ」だということはアメリカに黙っておいてもらう。
その代わり米軍基地経費を日本が負担する――いわゆる〝思いやり予算〟が
それである。基地の経費負担は言ってみれば「口止め料」なのである。

そんな事実があるとはツユ知らず、おバカな鳩山元首相は米国へ行って
「米軍は沖縄から出ていけ!」と言ってしまった。そうしたらすかさず、
「戦争で分捕られた占領地を取り返すのは戦争しかない。あなたの言葉は
米国への宣戦布告と受けとめていいのか」と言われ、青ざめたという。

もうそろそろ日本国民も、この「隠された真実」に気づいたほうがいいんじゃないの。

←後列右から2人目がジヴァ。
真ん中にいるのがマーク・ハーモン
演じるギブス捜査官。ハーモンは
ボクと同い年だから、親しみもひとしお。
右端のダッキーこと、デヴィッド・マッカラム
もいいな。『0011ナポレオン・ソロ』の
イリヤ・クリヤキン役が懐かしい。
ボクは中学生の頃、このマッカラムに
英語で手紙を書いた。そしたら丁寧な
返事が来たんだ。嬉しかったな。

2015年7月13日月曜日

Blood Sweat & Tears

『Spinning Wheel』や『You've made me so very happy』などのヒット曲で有名な
Blood Sweat & Tearsは1960~1970年代に活躍したアメリカのロックバンド。
バンド名はジョニー・キャッシュのアルバム名から拝借したものだというが、
もともとは英国首相ウィンストン・チャーチルの、
《I have nothing to offer but blood , toil ,tears and sweat.
私は血と苦労、涙と汗以外に、国民に捧げるべき何ものも持たない》
とする名言からとったものだ。この演説は、1940年、ナチス・ドイツとの戦いの中で、
イギリス国民を鼓舞するためになされた。

いざ戦争が始まれば、ボクたちはお国のために何ができる?
ボクの尊敬する小林秀雄は、
《僕は政治的には無智な一国民として事変に処した。黙って処した。それについて
今は何の後悔もしていない……利口な奴はたんと反省してみるがいいじゃないか》
と戦後になって語り、一部から「右翼的文化人」などと批判もされた。 
黙って事変に処すとはBlood Sweat & Tearsをお国のために捧げる、ということである。

先の大戦で、日本軍は230万人の尊い命を失った。
戦争は悲惨である。誰だって人を殺したくないし殺されたくない。
また家族を失いたくない。では戦争を防ぐにはどうしたらいいのか?

民主党や共産党、社民党など護憲派のサヨク政党は、
「9条のある平和憲法を守ってさえいれば戦争は絶対起こらない」
と、あくまで憲法改正に反対で、国会で審議中の「安保法制」も
つぶしにかかっている。彼らはこんなデマを飛ばしている。
《この安保法制は戦争法案だ!》
《いつの日か徴兵制が始まるぞ!》

ボクはたびたび自身を「戦中派」と称しているが、その理由はすでに何度も説明した。
戦争が終わったのは1945年の8月で、サンフランシスコ講和条約で、日本に主権が
戻ったのが1952年の4月28日。つまり1945年8月14日から1952年4月28日までの間は、
日本国に主権がなく、占領軍がこの国を統治していたのである。

もちろんこの間は、国旗掲揚も国歌斉唱もできず、言論は徹底して統制され、
法律の制定にも占領軍の許可が必要だった。ボクは1952年の2月生まれだから、
国際法上は戦時中に生まれたということになるのである。

護憲派が愛してやまない日本国憲法は1946年11月3日に公布され、
翌1947年の5月3日に施行された。よく考えてみてくれ。
民主党や社民党が不磨の大典と崇め奉っている
日本国憲法は、なんと主権不在の
時期に成立しているのである。

主権が奪われたまま、主権の発露でもない憲法(フィリピン憲法のコピーといわれている)
をムリやり押しつけられた日が、5月3日の「憲法記念日」なのである。
こんなふざけた記念日があるだろうか。

ついでに言うと、現行憲法は被占領下に作られたものだから、
明確な戦時国際法違反である。国際法によれば占領軍が占領した国を
治めるために時限立法的な法律を作ることは認められているが、
その国を長く縛る法律(まさに憲法のようなもの)を作ることは禁じられている。

実際、ドイツは降服にあたって新憲法は自分たちで自主制定するという条件を
連合国に吞ませている。笑っちゃうのは、日本に憲法を押しつけた
当のマッカーサー自身が、日本は独立したら、まずまっ先に憲法を撤廃して
新憲法を制定すると思っていたらしい。ところが日本はそれをやらない。
まだあれでやってるのか?
マッカーサーが驚き呆れた話が残っているという。

憲法学者たちが雁首そろえて、「安保法制は違憲だ」というのはいい。
でも、それを言う前に、
現行憲法は主権不在の下に作られたもの。
これは明らかに国際法違反で、無効とすべきです
と言うべきじゃないのか? 順序があべこべなんだよ。

それと、これもまた耳タコだろうが、日本国憲法のたわけた前文を読んでみてくれ。
平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、
われらの安全と生存を保持しようと決意した……》
日本国以外の国は、すべて平和を愛する国(支那、ロシア、北朝鮮も?)だと
勝手に決めつけている。おまけに国民の「安全」のみならず「生存」まで
他国に預けるというのはいったいどういうことか。そう、この国には「主権」
なんてありませんよ、と言っているに等しい。こんな恥ずべき憲法を、
後生大事に崇め奉れというのか。

団地の友人から「アベ政治を許さない」というポスターを某日、
駅前などで一斉に掲げよう、とのお誘いがあった。彼は朝日大好き人間の
全共闘世代で、いまだに〝革命ごっこ〟の夢から覚めていない
ボクのことをまじりっけなしの真正ウヨクだと知らないのだろうか、
よりにもよってアベ政権シンパのボクに賛同を求めてくるとは。
ボクは苦く笑ってしまった。

それにしてもサヨクというのはどうしてこんなに頭が悪いのだろう。
民主党の岡田や枝野、社民党の趙春花、いや創始改名して福島瑞穂と呼ぶんだっけ、
この連中のツラつきを見ていると、いかにも知恵遅れという印象がぬぐえない。
共産党の志位和夫なんか、どう見たって頭のネジが数本外れてるといった愚鈍顔で、
正義をふりまわす十年一日のごとき長セリフを聴いていると、
なぜか憐れみすらこみ上げてくる。

安保法制は「戦争法案」なんてものでは断じてない。
戦争をしない・させないための重要な法案なのである。
この法案が通らないと、友軍のアメリカから愛想を尽かされ、
日本の弱体化を狙う支那や北朝鮮を活気づかせてしまう。

《徴兵制が始まる》などと民主党はデマをふりまいているが、
これほど国民をバカにした話はない。
(国民など、どいつもこいつも愚民に決まってるんだから、デマゴギーを
かませれば一発でだまされちまう。チョロイもんだよ……)
岡田も志位も福島も、み~んな東大出のエリートちゃん。
彼らから見れば、国民だろうと市民だろうと、みな愚民に映るだろう。

何度も言う。日本の平和と安全は、憲法9条が守っているのではない。
自衛隊と日米安保条約が守っているのである。ボクは徹頭徹尾リアリストだから、
平和憲法があれば平和が保てる、
などという〝念力主義〟はいっさい信じない。

秀才エリートたちの細腕で、はたして日本国が守れるのか? 
守れるのは丸太ん棒みたいに太い腕っぷしと、
「やられたらやり返してやる」という強い意志力ではないのか。
そこのところが、取っ組み合いのケンカをしたこともないような
東大出のエリート政治家にはわかっていないような気がする。

プロレスラーみたいな男に殴りかかろうとする愚か者はいない。
「安保法制」をきわめて簡単にいってしまうと、こういうことだ。
なにが徴兵制が始まるだ、バカバカしい。






←澤地さんも老けましたなあ。
オツムのほうは昔からボケてるけど。
おばあちゃんになってもサヨクはサヨクのまま。
バカは死ななきゃ治りません

2015年7月7日火曜日

韓国に誇るべき〝文化〟なんてあったっけ?

のこのこと外国へ出かけていっては、
「日本は正しい歴史認識を持たねばならないニダ」
と、口をパクパクし、
支那にすり寄っては、
「日本に対しては一緒に共闘を組むスミダ」
などと、しなを作っては身をクネクネさせる。
韓国のパク・クネクネ大統領は相変わらず節操がない。

今回の「明治日本の産業革命遺産」を世界文化遺産に登録する際にも、
韓国はまたまたいちゃもんをつけ、登録を妨害する行為に出た。
戦時中、これらの一部施設で、朝鮮半島出身者が「強制労働(forced labor)」
させられたと言うのだ。また施設を奴隷の輸出港になぞらえる文言もあったというし、
軍艦島をナチス・ドイツによる強制収容所になぞらえる動きもあるという。

単なる「徴用工」を「強制労働」と強弁するクネクネ一派。
「徴用」は国民徴用令に基づき、賃金支払いも定めた合法的な勤労動員で、
もちろん日本人にも適用されたし、欧米各国の参戦国でも同じような動員が
かけられた。そのことを百も承知で、あたかも強制労働があったかのように
強弁する。史実をねじ曲げる。これは「女子挺身隊」(←ボクの母も女学生の頃
徴用され、川越郊外の火工廠で弾薬づくりに勤しんだ)を「従軍慰安婦」と同列に論じた
のと同じやり方だ。おれのおふくろを慰安婦にしやがって、
なんて汚い卑劣漢、いや〝卑劣韓〟どもなんだ。

クネクネの言い分はこうだ。
《日本は残虐非道な侵略国家。朝鮮を植民地にし、民を奴隷化し、
資源と文化と名前まで奪った……》
あのねェ……、
クネちゃんのお国に〝文化〟と呼べるものがありましたっけ? ←クリックしてね
だいいち、あなたの国には水車はおろか、そもそも車輪がなかったではないか。
つまり荷車も牛車もなかった。木を曲げる技術がなかったから、丸い木樽も
なかった。

室町から江戸期まで、つごう12回やって来た朝鮮通信使も
来るたびに「水車はどうやって造ったらいいのですかスミダ?」と、
同じことを何度も尋ねてくる。模型まで造ってもらって持ち帰るのだが、
それでも再現できない。儒教の毒が回り、職人仕事をバカにしていたからだ。
木を曲げる技術すら持たなかったのに、文化国家だと? フン、笑わせやがる。

《名前まで奪った……》とは、いわゆる〝創始改名〟のことだろうが、
「なにトボけたこと言ってんだよ!」と、横っ面を張り倒したくなる。
あれは朝鮮人から要求され許可したもので、ムリやり日本人名を名乗らされた、
なんてとんだ言いがかりだ。朝鮮人は喜んで日本名を名乗ったのである。

なぜか? 朝鮮人は何千年もの間、宗主国の支那人に頭を押さえつけられていたが、
満州事変後、満州に行って支那人に会った時、日本人名を使うと、相手が
ペコペコと頭を下げてくれる。溜飲を下げるとはこのことで、
「おれも支那人の前で威張りたい」――創始改名の発端はこれである。
虎の威を借る何とやらで、朝鮮人はいつだって強いものになびく。

実際、クネクネの父親のパク・チョンヒ(朴正煕)元大統領は貧しい常人(小作人
の家に生まれたが、日韓併合のおかげで学校に行くこともでき、日本人教師が
パクの才能を買って、学費免除で大邱(テグ)師範に入れてくれた。そしてパクは、
《ヤンバン(両班)よりずっと偉い日本の軍人になるんだ》
と、「高木正雄」と名を変え、軍人への一歩を踏み出したのである。

大阪帝大の前にソウルに帝国大学を建て、40そこそこしかなかった小学校を
1000校にまで増やしてやったのは、いったいどこの国だい? 
イギリスやフランスがアジアの植民地に現地人の通う学校を建てたことがあるかい?
半島を縦断する京義線(全長約500㌔)を造ってやったのはどこの国だい?

クネクネの国は何かというと被害者づらをし、恥知らずにも戦勝国みたいな
態度をとるけれど、実際は戦争もしなかったし、日本の庇護の下、ぬくぬくと
暮らしておった。なのに、日本が戦争に負けると、やれ侵略だ、賠償だと騒ぎ立てる。

あの国の根性は心底ネジ曲がっていて、
できることといったら、寄生虫のように日本にたかることだけ。

昔はボクも韓国を礼讃する紀行文をずいぶん雑誌に書いたものだけど、
とんだお眼鏡違いだった。あの国のことはもはや放っておくしかあるまい。
ウソばかり並べたて、隣国を貶めることだけに生きがいを見出そうとする韓国。
これでは今まで以上に日本人の反韓・嫌韓意識が高まるだけだ。
韓国って、根性曲がりのほんとうにイヤな国だねェ。




←どうです、この変わり様は。
李氏朝鮮に誇るべき〝文化〟なんてあったんかいな?
英国人女性旅行家のイザベラ・バードは、
《ソウルは世界有数の汚く悪臭のする都市》
《一般民衆の住む場所は藁葺きのあばら屋》
と『朝鮮紀行』に書き記しているという

2015年7月3日金曜日

尻くらい自分で拭け

最近、物忘れがひどい。
家を出ても鍵をかけたかどうか不安になって、また戻ったりする。
車も同様で、鍵をかけ10歩ほど歩くと、「あれっ? 鍵かけたっけ?」
不安になり、また戻って確認する。とても哀しい。

先日、カレーの鍋を火にかけたまま、そのことをすっかり忘れ、
書斎のパソコンに向かっていた。しばらくして、「あっ! いっけねェー!」
と叫び急ぎ台所へ。幸い鍋はぶじだったが、野菜はドロドロに溶け、
鍋底は焦げついてしまった。女房は冷たい視線でその一部始終を目撃。
(あ~あ、また「いっけねェー!」か……死ぬまでやってんだね)
完全に見限られてしまった。

名前を度忘れしてしまうことはよくある。
目の前で言葉を交わしているのだが、どうにも相手の名前が思い出せない。
で、結局、最後まで思い出せないままなのだが、こういう時は
どこか態度がぎこちないみたいで、相手もそれとなく察して早めに話を
切り上げてくれたりする。でもそれがかえって哀しい。

先だって、次女の結婚式があり、式の前に「親族紹介」という儀式があった。
ボクは親族の名前をかろうじて言えたのだが、たまに度忘れしてしまう人が
いるらしい。聞いた話だが、その人の友人は娘の結婚式の親族紹介で、
緊張していたのだろう、自分の女房の名前を言う段になって、
突然頭の中が真っ白になり、思わず絶句したという。

わが家でそれをやったら、まず命がない。
日頃、女房に向かって「オイ」とか「おまえ」とか言ってふんぞり返っている人間は、
肝心な時に女房の名前が思い出せなくなってしまう。まちがって昔の恋人の
名前とか愛人の名前なんぞを口走った日にゃァ、あとで血を見ること必至だ。

認知症にならないためには、いくつかの原則を守らなくてはならない。
食べ過ぎが一番ダメで、特に炭水化物と脂肪の摂りすぎに要注意だという。
「ラーメンライス」とか「焼きそばパン」といった炭水化物の〝重ね食い〟が
一番最悪なのだそうだ。でも、あれって、うまいんだよね。

認知症の予防には、
①料理を作る――創意工夫が脳を活性化する。
②昼寝をする――ただし30分以内。それ以上だと逆効果。
③有酸素運動の励行――ウォーキングや水泳、踏み台昇降などがいいらしい。

①はもう30年以上やらされているし、水泳は50年も続けてる。
②の昼寝はしない。ひとたび寝入ったら、そのまま朝まで寝ちゃうからだ。
これじゃあどんどんボケが進行する。

楽器を弾き大声で歌ったりするのもボケ防止にいいらしい。
また大声で歌うと横隔膜が上下し、そのことが寝たきりの予防になるという。
というわけで、またまた宣伝で恐縮だが、来る7月25日(土)の午後3:15~4:00まで、
わがシーアイハイツ和光の「夏祭り」のステージに立つ。7年ぶりに歌うのだ。
これもボケ防止の一環だが、老後の楽しみでもある。

数年前、トイレに入ったはいいが、尻を拭かずに出てしまったことがある。
わが家のウォッシュレットは洗浄まではやるがドライ機能はない。
あえて付けなかったのだ。なんでも機械任せにすると人間がダメになってしまう。
そう思って手で拭くようにしておいたのだが、そのことさえも忘れてしまうとなると、
もう打つ手がない。

今日は朝からブラックスーツを着て身内の葬式に参列した。
故人は享年95。数年前に脳溢血で倒れたのだが、奇跡的に回復し、
最期までボケずに生涯を全うした。

その強靱な生命力にあやかりたいものだが、たぶんダメだろう。
あと30年も生きるなんて、とても考えられないからだ。
もし生きていたら、たぶん徘徊老人になっているだろう。
尻を拭き忘れるくらいだから、「明るい老後」がまるでイメージされないのである。

まだ女房の名前はかろうじて憶えている。
娘たちや婿の名前も憶えている。
昔の女たち(いっぱいいたもんね)の名前もなんとか憶えているから、
もうしばらくは大丈夫だと思う。
ボケたらどうするか、だって?
ボケたら生き仏になるだけ。あとのことは知~らない。